独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第12回

ドイツで会社を経営していた頃、顧問弁護士の事務所まで通う道の途中に、ネアンデルタール人が発掘された渓谷がありました。DNA鑑定では現生人類の祖先ではなく、どこかで絶えてしまった種だそうですが、その谷を車で走り抜けるたびに、大昔ここで暮らしていた人々の生活を勝手に想像していたものです。森へ入って鹿や猪、時には野生の牛を狩り、仕留めた獲物を丸ごと持ち帰る。そんな暮らしです。
鹿一頭ともなれば、家族4、5人ではとても食べきれません。そこで肉を腸に詰め、住まいの洞窟の天井に吊るして乾燥させる。これが保存食としてのソーセージの原型だ、という話をドイツでよく耳にしました。塩や香辛料で軽く味を付ける程度で、複雑な調理をする必要もない。いつでも切って食べられる保存食が、そのまま長く主食になっていったわけです。
翻って日本を見ると、保存の対象はむしろ魚や大豆でした。魚を干物にしたり、大豆を発酵させて味噌や醤油にしたりする過程で、「だし」といううま味の文化が育っていきました。肉より魚や豆を保存してきた歴史が、繊細な味の違いを嗅ぎ分ける舌を育てたのかもしれません。
同じ「保存食」でも、肉を保存すれば量と腹持ちを優先する食文化になり、魚や豆を保存すれば繊細なうま味を追いかける食文化になる。保存してきたものの違いが、そのまま食の方向性の違いになったのではないか、というのが私の見立てです。ドイツのソーセージも、日本のだしも、先人たちが知恵を絞った末の保存食だったと思うと、なんだか愛おしく感じられます。
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