なぜ今、戸塚義塾なのか
音楽を支えてきた経験を、次の世代へ 戸塚亮一氏は、河合楽器の駐在員としてドイツへ渡り、その後、現地で独立して会社を経営されました。長年ドイツで暮らし、楽器の仕事や経営を通じて経験を重ね、ベヒシュタインのピアノを日本に広め…
音楽を支えてきた経験を、次の世代へ 戸塚亮一氏は、河合楽器の駐在員としてドイツへ渡り、その後、現地で独立して会社を経営されました。長年ドイツで暮らし、楽器の仕事や経営を通じて経験を重ね、ベヒシュタインのピアノを日本に広め…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第14回 猪を一頭仕留めるのに、大人数はいりません。弓矢を持った一人で十分事足りることが多く、鹿を追い込むときにようやく二、三人で息を合わせる程度。むしろ人数が多いと、足音や気配で獲物…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第13回 デュッセルドルフで暮らしていたとき、住んでいたマンションは面白い間取り構成でした。同じフロアに、単身者向けの小さな部屋、新婚夫婦向けの部屋、子供が1、2人いる家族向けの部屋、…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第12回 ドイツで会社を経営していた頃、顧問弁護士の事務所まで通う道の途中に、ネアンデルタール人が発掘された渓谷がありました。DNA鑑定では現生人類の祖先ではなく、どこかで絶えてしまっ…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第11回 ドイツにいた頃、夏の楽しみのひとつが、仕事終わりに近くの湖へ泳ぎに行くことでした。デュッセルドルフは、緯度でいうとミュンヘンよりもさらに北です。「札幌・ミュンヘン・ミルウォー…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第10回 デュッセルドルフに住んでいたとき、朝、マンションの芝生に十数羽のウサギが座っていたり、近くの堀割で野生のカモが泳いでいたりするのは、ごく普通の光景でした。冬にベランダからパン…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第9回 ドイツの小学生に「将来なりたい職業」を聞くと、パイロットや医師、科学者に混じって「営林署の職員」が入ってきます。私がドイツにいたころは宇宙飛行士や科学者に次いで3〜5番目に入る…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第8回 ドイツの森に入ると、間引きされた5メートルほどの丸太が、切られたままゴロゴロと積み重ねて放置されている光景をよく目にします。片付けないのではなく、あえて置いているのです。 5年…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第7回 ドイツの多くの自治体には、自分の庭に生えている木でも、勝手に切ってはいけないという条例があります。対象になるのは「地面から1メートルの高さで、幹の周りが80センチ以上ある木」。…
独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第6回 ドイツにいたころ、テレビをつけると「ちょうど10年前の今日のニュース」を振り返るコーナーによく出くわしました。ニュース番組の一部を使って、10年前に当時の首相や大臣、ジャーナリ…