独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第14回

猪を一頭仕留めるのに、大人数はいりません。弓矢を持った一人で十分事足りることが多く、鹿を追い込むときにようやく二、三人で息を合わせる程度。むしろ人数が多いと、足音や気配で獲物に逃げられてしまいます。ドイツ人の同僚を見ていて、そんな狩猟の理屈をふと思い出すことがあります。
会社で個室を望む発想も、同じところから来ているように思います。自分一人で全部やれる、誰にも見られずに集中したい、という感覚が強いのです。個室といっても、たいてい観葉植物でいっぱいで、人が入ってくれば、その葉の隙間から仕事をしている様子はちゃんと見えます。ただ、始終横から声をかけられる環境ではない、というだけです。
「自分でこの仕事を選んだのだから、最後まで自分でやり遂げる」という感覚も強く、日本の大部屋のように周りの会話を聞きながら判断し合ったり、ちょっとした相談をその場で済ませたりする文化とは、働き方の軸そのものが違うのだと思います。
効率だけを考えれば、共同作業のほうが早く片づくこともあるはずです。それでも一人で完結させることにこだわる背景には、自由に選んだ以上は自分の責任で全うするという、狩猟の時代から続く感覚があるのかもしれません。
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