独眼流亮孔明の独日おもしろ異文化論 第8回

ドイツの森に入ると、間引きされた5メートルほどの丸太が、切られたままゴロゴロと積み重ねて放置されている光景をよく目にします。片付けないのではなく、あえて置いているのです。
5年、10年とたつうちに丸太は朽ちてボロボロになり、そこに多様な昆虫が住み着きます。すると虫を食べに鳥が集まり、鳥の糞が土を豊かにし、そこから新しい芽が出てくる。人間が手を出さずに丸太を放置することで、森の中に小さな循環がひとつ完成するというわけです。
木そのものの生命力にも、驚かされることがあります。街の石畳やレンガの敷石の隙間には、風で運ばれた土や種がたまり、そこから雑草どころか木そのものが生えてくることがあります。旧東ドイツの古い町並みを歩いていたときも、レンガの壁の高いところから木がたくましく伸びているのをよく見かけました。使われなくなった駐車場でも、数年もすれば脇から木が育っていきます。
そしてその木が育ち、幹の周りが80センチを超えたところで、今度は「勝手には切れない木」に変わり、街のなかにいながら森の一部として守られていく――。放っておいたものが朽ちて森に還り、コンクリートの隙間からも新しい木が育っていく。人が手を加えないところにこそ、自然のたくましさが出るのだと、見るたびに感じます。
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